筆者はイギリスのハオルシア協会機関誌 Haworthiad Vol. 13-1:8-14(1999)に「ハオルシアの放散分析」理論と、同Vol. 13-2 :39-46(1999) に「放散進化の機構と進化サイクル」を発表した。これらの理論はハオルシア研究No.1(1998)とNo. 2(1999)において進化生物学研究所の加納一三氏により日本語で紹介されている。

 この理論はダ-ウィンの自然選択説をその一部に含む、より包括的な進化理論で、Nature誌にも投稿したが具体的なデータがないとして掲載されなかった。当時はまだ研究材料も十分集まっておらず、理論の裏付をするDNA解析などの手法も普及していなかったが、現在なら研究材料もDNA解析も十分活用できる。しかし筆者は年齢的にその時間的余裕がない。

 この理論は進化論史だけでなく、優生思想など社会ダ-ウィニズムに対する科学的反論として思想史的にも画期的な理論だと思っている。そこで理論の概要を今回日本ハオルシア協会のブログで再度発表し、いずれアマゾンキンドルで世界に向けて紹介したいと考えている。DNA解析などによる理論の裏付けデータは後進の研究者に期待したい。


新しい進化論の概要 その1                      林 雅彦


 ハオルシアは小型多肉植物で、大部分はカルー地方などの南アフリカ南部に分布する。葉に様々な結節や紋様があるので、観葉植物として人気である。現在記載されているのは約300種だが、未記載種を加えると500種以上(未発見種を加えると1000種以上)ある。

カルー地方などの南アフリカ南部は氷河期には冷涼湿潤気候で、イネ科の大草原であった。氷河期終息以降気温が上がって半乾燥地域になったが、ハオルシアもそれに伴って種数を増やしたと推定される。しかしその期間は最終氷期以降のわずか1万年であり、その間に500種以上が爆発的に種分化した。

爆発的種分化の例としては9千年間に500種以上が種分化したビクトリア湖のシクリッド()が有名であるが、ハオルシアはそれに匹敵する大規模種分化の例である。

 シクリッドやハオルシアほどではないが、他にも爆発的種分化の例がいくつもある。ダーウィンの自然選択理論では進化は非常にゆっくりと進み、新しい種ができるのには長い時間が必要とされる。自然選択理論ではシクリッドやハオルシアのような大規模かつ急速な種分化は説明できない

ビクトリア湖のシクリッドと南アフリカのハオルシアに共通するのは、新たな好環境の出現により自然選択圧の低い状態で繁殖が繰り返されることである。これにより競争力の弱い変異個体も生き残り、それが繁殖することでさらに変異が増大し、変異個体が放散していく過程でたくさんの新種が生まれるという機構である。この型の進化を放散進化と呼ぶ。

 

 一方、地球には非常に高密度に多数の生物種が存在する生物多様性のホットスポットと呼ばれる地域が2030カ所ある。初めに選定されていた20くらいの地域が最も顕著なホットスポットと考えられるが、これらのホットスポットが気候的にどの地域に多いかを調べると、全体の約半数が熱帯多雨地域にある。もっとも気温が高く雨も多いので、そこに多くの生物種が集中していることは当然である。

 しかし生物多様性が熱帯多雨地帯に次いで高いのは亜熱帯や温帯ではなく、地中海性半砂漠(乾荒原)である。ここが生物多様性ホットスポットの約14を占める。これらの地域は雨が年間2001000mmしかないので生物密度は低い。そして生物密度の低い地中海性半砂漠でなぜ生物多様性が高いかはやはり自然選択理論では説明できない。

 

 沙漠は非常に乾燥しているが数十年に一度くらい大雨が降る。しかしこの雨は砂漠の植生には大きな影響を与えない。一方、砂漠周辺の年間200mmから1000mm位の雨量の半砂漠でも数十年に一度大旱魃がやってくる。するとそこに生育していた植物は地中深くに根を下ろしているものを除きほぼ全滅してしまう。しかし旱魃が終わり、雨量が回復すると生き残った植物や新たに飛んできた種子にとってそこは競争相手がほとんどいない楽園になる。

 

 こうして自然選択圧の低い状態で繁殖が繰り返される中で変異が蓄積され、それが放散することで新たな種が独立する。これが半沙漠で生物多様性が高い理由である。

 

 シクリッドやハオルシアの爆発的種分化と地中海性半砂漠で種多様性が高い現象とは全く別の現象に見えるが、その機構は共通である。すなわち物理的な好環境にもかかわらず、生存競争圧が低いという条件下で、通常なら死んでしまう変異個体が生き残って変異が蓄積され、やがて変異個体が新群落を作ると新種になるという次第である。これが放散進化の機構である。

 

放散進化が出現する時期には氷河期や巨大隕石の衝突などによる大きな気候変動、大量絶滅後の生態空白期などがある。また半砂漠では周期的な旱魃により生態系は周期的にリセットされ放散進化が周期的に起こる。

カンブリア爆発は典型的な放散進化だと考えられるが、そこではほとんどの生物グルーが一斉に出現してきたように、大進化が起こっている。機構の違いからすると大進化は放散進化で起こり、選択的進化は放散進化による大進化に環境に対する微調整を足すにすぎない。

 

 

自然選択的な競争至上主義や優生思想は今なお社会に強く根付いており、人種差別や日本では相模原障害者施設の大量殺人事件の根底にある原因となっている。放散進化の理論は、優勝劣敗・弱肉強食こそ進化の基本原理だとする社会ダーウィニズムや優生思想に対する正面からの理論的、科学的反論である。競争一辺倒ではなく、好環境下でのびのびと成長、繁殖させることでより大きな変異や進化を生み出すことができる点に注目すべきである。

 

 

ダーウィンは何を見落としたか?

ダーウィンは育種における人為選択からヒントを得て自然選択の理論を構築したと言われる。しかし彼は育種における人為選択以前に、好環境下でなるべく多くの個体を育て、その特徴を発現させるという重要なステップを見落とした。これがすなわち放散進化の過程である。自然選択はその後に起こる進化過程である。

 

半砂漠の内、なぜ地中海性半砂漠だけに生物多様性が高いのか?

地中海性半砂漠では西岸の寒流により空気が冷やされ、相対湿度が他の半砂漠に比べ非常に高い。そのために地中海性半砂漠では雨量に計測されない霧や露が非常に多く、多くの植物は霧や露の水滴で生きている。地中海性半砂漠で小型植物が多いのも同じ理由による。

 

この記事はハオルシア協会(イギリス)の機関誌Haworthiad Vol. 13-239-46 (1999) で発表された理論の一部である。