ハオルシアで一番面白いのは何といっても品種改良です。
ハオルシアには現在識別されているものだけでも500種以上ありますが、未発見、あるいは見落とされているものまで含めるとおそらく1000種程度の種があると推定しています。
それらの内で園芸的に評価されて育種されているものは玉扇、万象、ピクタ、コレクタ、あるいは十二の巻や冬の星座の仲間など、せいぜい100種程度にすぎません。まだ全く試されていない交配組み合わせの方がはるかに多いでしょう。
ヤフオクなどには様々な組み合わせの交配実生が出品されています。また原種でも変わった、あるいはきれいな形状の個体もたくさん出品されており、非常に参考になります。
そのような出品物を見ていくと交配組み合わせに関して一定の傾向が浮かび上がってきます。ここではその傾向について現時点で判明した点をまとめてみました。
まず現在おそらくもっとも盛んに育種が行われているのがオブツーサの仲間、特にその斑入りでしょう。交配や培養により非常にたくさんのオブツーサ(ベヌスタを含む)やオブト錦が作出されていますが、端的に言って、ほとんど区別できないものが大部分です。
古い例では紫オブトが典型ですが、様々な名前の紫オブトが流通していますが、大部分はラベルなしでは区別できません。学者や専門家ではなく、一般の愛好家が区別できなければそれは同じ品種ということになります。これは国際的な基準でもそうですし、日本の農水省でも同じ基準です。
ドドソン紫(OB-1)や林ブルー、サカイなどの名前は品種名ではなく、クロン名(個体名)です。クロン名は交配する時には重要ですから現在の名前を廃棄する必要はないですが、品種としては同じ紫オブトということになります。表示としては'紫オブト’ (ドドソン紫)などとするのが適切です。
オブト錦も同様で、昔の“残雪オブト錦‘ や'弁天錦’(別系オブト錦)などは多くの交配類似品種が作出されて今では全く識別できませんからすべて同じ‛オブト錦‘で、‛オブト錦` (弁天錦)などと表示するのが適切です。
またマリンや京の花火(花火)も今では交配が進んで一般的なオブト錦と区別ができなくなっていますからやはり‛オブト錦` (マリン)などと表示するのが適切です。
オブツーサ類はこれを大型化させようとレツサ類との交配がしばしば行われていますが、ほとんどがオラソニー類似で、全く特徴がありません。‘桃太郎’(写真1) など特別に大型のもの以外は小沢氏の“キューピッド”も含めて完全に失敗作でしょう。
写真1 オブト交配 ‛桃太郎’葉幅3.5cm
かつてハオルシア園芸の主流だった玉扇万象は育種のピークを過ぎて新しい優良品種が出にくくなっています。これは玉扇万象類の原種が非常に少なく、交配によって新しい形質を入れることが難しいこと、および他の例えばレツサ類と交配しても変わったものはできるが美しいと評価できるものがほとんどないことによります。
玉扇には玄武や篤盛など黒島模様の傑作があり、その子孫にもかなりの優良品種ができていますが、これを万象と交配して万象に黒島模様を入れる試みは可能性が高いと思われますが、まだ誰も成功してないようです。1次の交配では無理でも2次、3次と戻し交配を繰り返していけば十分可能性はあるでしょう。
ピクタやスプレンデンス、ピグマエアなど、点模様の種は玉扇・万象、コレクタなど線模様の種より変異の幅が小さいので、育種のピークの来るのが早く、ピクタやピグマエアはすでに頭打ち状態です。しかし大型でダルマ葉の品種はまだ非常に少ないので、これに太い黒線などが入ればまだまだ改良の余地はあります。
スプレンデンスはピクタやピグマエアほど育種が進んでいないのですが、すでにタージマハルやMoonga(写真2)などに品種改良のピークが見えています。これらトップクラス以外の品種を交配に使ってもタージマハルやMoonga、あるいはそれらの実生には全く歯が立たないだろうと見ています。今後はこれらトップクラスの品種の実生が中心になるでしょう。
写真2 H. splendens ’Moonga’
玉扇・万象と並び、多彩な線模様を持つ品種群としてコレクタはハオルシアの御三家と称されてきました。コレクタにはコンプトを始め近縁種が多く、またそれらと交配しても形が変になることがなくて多くの美品種が作られています。
コレクタの優良品種の多くはH. laeta の特優品種であるジュピターの実生です。それらの中ではアロワナ(写真3)が抜き出たトップで、同じ趣向ではこれを超えるのは難しいと見ています。これを超えるには別の趣向が必要ですが、その一つがスコット模様のコレクタです。
稲妻コレクサや清涼界(Wスコット)、マジンガーZ、水煙樹(写真4)などの他、コンプトそのものでも’天竜’(写真5)のように見事なスコット模様の品種もあります。今後はこれらスコット系の品種を使った優良コレクタの育種が人気になると見ています。
写真3 コレクタ ‛アロワナ’
写真4 コレクタ ‛水煙樹’
写真5 コンプト ‛天竜’
最近は原種が人気になっています。確かに原種の中にはこれまで知られていない美種や美個体が多数あり、それに気づいた多くの人が原種ブームを盛り上げています。また一部のサボテン業者もこれに便乗しようと原種の扱いを増やしているようです。
しかし原種は数が非常に多く、原則的に産地で区別されているために産地データがないものは価値がかなり下がります。形態的特徴も微細な違いのものが多いため。相当な知識がないと扱えません。正直今のサボテン業界で原種を扱うだけの知識を持った業者はいません。原種を収集している愛好家の方がはるかに詳しい知識を持っています。
輸入原種でもラベルの間違っている場合が多々ありますが、日本のサボテン業者の中でそれを直す、あるいは輸出元に問いただすだけの力のある者はいません。輸入苗の手書きラベルの採集番号を正しく読み取れないようでは原種を扱う資格はないでしょう。
さて原種、特に軟質葉グループの育種では玉扇・万象やレツサ系とは違った注意が必要です。
原種は基本的に産地で識別されるために形態的には類似していて非常に区別しにくい種が多くあります。これらを交配するとどちらの種とすべきか判別できず、単に○○x△△実生といった苗にしかなりません。つまりよほど特徴的な特異個体でない限り単なる雑種となってしまいます。育種的効率は非常に低いです。
原種を交配するなら同種同士、できれば同じ産地同士の個体間で採種するのが望ましいです。そうすれば実生苗も種名あるいは産地付きで販売できます。
育種というのは本来非常に効率が悪いものです。多くの実生苗を育てても兄弟個体や類似他品種と明瞭に区別でき、品種として名前を付けられる優良個体は極めて少数で、おおむね1%以下です。それ以外の選抜漏れ個体は基本的に捨てられるべきものです。
しかしこれら本来捨てられるべき選抜漏れ個体を親個体の名前で○○x△△実生として販売するケースがかなり見受けられます。交配実生をしたことのある方ならわかりますが、数百の種子をまいても残したいと思える個体は1本か2本だけです。残りの個体を買ってもその中から名前を付けられるような優良個体が出ることはまずないと見てよいです。
以下現在私が取り組んでいる軟質葉グループの育種で、これから人気になりそうなものを育成途上ですがご紹介します。
まだら系では棒状葉のリビダ系やその大型種のネオリビダ、鬼まだらなどがあり、パトリシア(写真6)が完成形に近いものです。葉のほぼ根元からまだら窓が広がり、非常にきれいです。まだら窓の広がりと鮮明さではリビダやネオリビダをはるかに超えます。
パトリシアにはよく似た姉妹があり(写真7)、葉の透明感と斑紋の大きさではパトリシアを超えるかもしれません。
写真6 まだら系 ‛パトリシア’
写真7 パトリシア類似実生
まだら窓が葉先で融合して透明窓になるものとしてナイルの一滴があります。人気品種ですが、この品種の葉先透明窓の発現は不安定で栽培環境によっては透明窓にならず、まだら窓しか出ない場合もかなりあるようです。
まだら系でもう一つの目標は棒状葉ではなく、幅広薄葉にまだら窓を入れることです。柄紗(ガラシャ 写真8)がこれに最も近いですが、まだまだら窓の範囲は葉の半分以下です。パトリシアの様に葉の大部分をまだら窓とすることが目標です。
幅広薄葉と言えばシンビフォルミスで、これにまだら系をかけてまだら窓を入れようとしていますが、葉が細くなり(写真9)なかなか思うようにいきません。
写真9 パリダ (ゴジパリ)x シンビフォルミス
軟質葉グループの育種でもう一つの目標は赤系のシンビ育種です。さくら貝(写真10)は非常にきれいですが、発色が安定せず、葉型も細くなりがちです。ロゼアなどと交配して安定してきれいな桃色葉や赤色葉になる品種が目標ですが、シンビ系の葉色はかなり安定しているらしく、まだ成果が出ていません。
写真10 シンビ系 ‛さくら貝’
その他の軟質葉グループではオブツーサ類の育種があります。紫オブトなど、狭義のオブツーサ類は遺伝的にかなり安定していて、特徴的な品種を育成するのはかなり難しそうです。
しかしトランシエンスを含む広義のオブト類ではかなり特徴的な個体が出来そうです。
写真11は夕霧楼の実生ですが、より丸葉で大窓の品種ができそうです。また写真12は星の王子の実生ですが、オブツーサと掛かったらしく、丸葉透明窓に鮮明格子模様が入っています。将来どんな姿になるか楽しみです。
写真11 オブト系 ‛夕霧楼’交配
写真12 ‛星の王子’交配