ハオルシアは葉に様々な紋様や突起物のあることが特徴で、葉にこれほど多様な紋様や突起物があって種ごとの形態に大きな変化のある植物は他にない。さらにその紋様などが種ごとに大きく異なるだけでなく、同じ種でも個体ごとに大きく異なり、究極的には同じ個体でも葉ごとに異なる紋様が出るという『芸』をする品種が多数ある。
このような葉ごとの紋様等の変化を楽しむというのは、江戸期などにオモトやイワヒバなどで流行った『葉芸』園芸の伝統文化が、ハオルシアというまたとない良い素材を得て現代に花開いたものと言える。
最近では中国や台湾などでもかなり良い品種が作られているが、日本文化に底通する繊細な美的感性と職人気質の多数の育種家のおかげで、今でも育種のレベルでは日本が世界トップを走り続けている。ただしスプレンデンス系育種ではマルクス氏がトップと思われる。
ハオルシア園芸の醍醐味は何といっても育種の面白さにある。ハオルシアは交配や実生も楽で、成長は遅いが、3~4年で成果を得ることができる。また膨大な種や品種があり、全く組み合わせが試みられていない交配の方がはるかに多い。そして何より個体差が大きいので、同じ組み合わせでも実生するごとに異なった紋様の個体が出現する。
そこで、今後育種に取り組もうとする人のためにハオルシアの紋様などについてどんな紋様のグループがあるかを以下に解説する。(玉扇、万象類を除く。玉扇、万象類の紋様についてはハオルシア品種名総覧の第4章を参照してください。)
次表は玉扇、万象類以外の軟葉系ハオルシアの紋様等の分類である。
紋様のグループは大きく分けてまだら系、点紋系、線紋系、雲紋系に分けられる。それぞれどんな仲間かは代表例を示してあるのでそれを参照されたい。またこの分類は便宜的なもので、中間型や、H. lividaのように個体(品種)によって異なるグル-プに属するも場合もある。
(1)まだら系は小さな斑点が密生する種群で、不透明な斑点と透明な斑点のものとがある。透明斑点が大きくなって斑点間の葉脈しか残らない網目模様となるのが網まだら系で、H. lividaでも最良型となる。
「パトリシア」網まだら系 網目状の透明まだら紋が葉全体に入る。
白まだら系の白斑紋が大きくなって、蛇やトカゲのような大まだら模様になるものが蛇紋系である。今のところゴジラ(強刺パリダ)の2個体にしか発見されていないが、葉ごとに変化があり(『芸』をする)、大変面白いものである。
ゴジラ「キングコング」2 この個体も中心部の斑紋が非常に大きい。
蛇紋系はこれまで知られていなかった新しいタイプの紋様であり、例えばこれをピクタなどに導入できればきわめて面白い品種群ができると期待される。
(2)点紋系は繊毛や小突起、あるいは小斑紋が葉(窓)一面に密生するもので、おおむねザラザラとした窓になる。
微毛系と微突起系は厳密には紋様ではないが、系統関係と将来の可能性を示すうえでここに入れた。例えばH. bobiiが大型化した種がH. essieiであり、それがさらに大型化したのが正しいH. asperula(H. impexa)Riversdaleである。
H.
bobii には毛の長さや密度の他、地肌や毛の色に大きな変異があるが、H. essieiやH. asperulaは緑一色である。そこでH. bobiiのこの変異をH. essieiやH. asperulaに導入したらかなり面白い品種が期待できよう。
H.
groenewaldii は非常に変わった種だが、その大きな特徴の一つが窓面の微小な複眼状突起である。白点の有無にかかわらず、ほぼすべての個体にあるが、この突起にも大きさに変異がある。もしこの突起の非常に大きな個体を育成できれば、窓面がレンズ状透明突起に覆われた、これまでにない品種ができる。これに白点が絡んできたらとんでもない美品種になるであろう。
H. groenewaldii 「緑ヤンマ」 窓中央に大きな緑地が露出する。超希少。
H.
muticaはやや変異の少ない種だが、艶消し窓のしっとりとした感じが人気である。この窓のtexture(質感)はおそらくH. groenewaldii、特に「碧ヤンマ」、の微小突起がさらに小さくなった極小突起によるものだろうと推測している。したがってもしレンズ状透明突起が並んだような窓のH. groenewaldiiが育種できれば、それをH. muticaに導入することも不可能ではないであろう。ただし時間は相当掛かりそう。
点紋系は微毛や微小突起が密生するのが特徴だが、そこに太い縦線(葉脈)が入ると変異の幅が非常に大きくなる。これが点線系でピクタやスプレンデンス、H. groenewaldiiの一部がここに入る。変異の幅が大きいので葉ごとに斑紋が異なるが、紋様がやや細かいので葉ごとの変異は認識されにくい。しかし色彩的には最も華麗なグループである。
(3)線紋系は点模様ではなく、線模様が個体ごとに異なるグループである。線模様は点模様より変化が大きく、そのためもっとも大きな変異のあるグループである。玉扇や万象も基本的に線模様だが、その他にはコレクタ類、スプリング、コンプト、ブリンジー、マルキシー、など数えるほどしかない。
ただしH. mutica やピグマエア類、ピクタ類の一部には折線又は網目模様の個体がある。またH. nortieriにも明瞭な網目模様や火炎模様を持つ個体がある。もっともH. nortieriの場合は線紋というより網まだらとも言える。
H. nortieri「残照」 Clan William 産。網まだら系又は火炎系。
火炎系は網目模様が乱れて火炎状になったもので、線が直線状ではなく曲線に近い。網目系と火炎系は線が多いので、葉ごとの変異、『芸』が識別しがたい。ただし線の太さや白さ、網目の細かさなどは非常に多様で、したがって個体ごとの変異も非常に大きい。
コンプト「火炎太鼓」 火炎系 網目が崩れて火炎模様になるもの。
コレクタ「巨人兵」 火炎模様に白雲が入るタイプ。写真は韓国の朱氏。
電紋系は少数の曲線が窓内を電流(稲妻)のように走り、きわめて面白い模様となる。このような模様の植物はハオルシア以外にはほとんどない。スコットコレクサを起源とする品種が多いが、多くはコンプトとコレクタの交配である(スコットコレクサ自身もコンプトコレクタである)。
スコットコレクサ実生「メーテル」。透明窓と鮮明曲線模様の傑作。
コレクタ「水煙木」 やや複雑な電流紋。「水神」ほど細かくなると『芸』は認識しがたい。
電紋系の中でも「雨だれ」は非常に変わった模様の品種で、窓中央に一本の太い縦曲線が流れるが、その線が途中の所々で膨らんでやや島模様となる(「雨だれ」の名前の由来)。島模様を作る品種は玉扇でも「玄武」などかなり限られているが、私の知る限り、玉扇、コレクタ以外にはスプリングに数個体があるだけである。
コレクタ「雨だれ」 最も変わった電流模様のコレクタ。
「天竜」は最近見出した品種で「水晶コンプト」の枝変わりである。非常に太い曲線模様が窓内を走り、電紋系で最も鮮明な稲妻模様となる。初めは一時的な紋様かと思ったが、この紋様は新しい葉にも継続して出現し、安定した形質であることが分かった。
コンプト「天竜」6 非常に太くて鮮明な電流紋が走る。
コンプト「天竜」8 遊離点の出るタイプ。非常に珍しい。
ただし「天竜」かも知れないと思って購入した個体でもその後普通の水晶コンプトとあまり違わない模様となってしまったものもかなりあった。合計数百個体買った中から安定して電流紋の葉が出る個体を9個体選別し、これを「天竜」と命名した。
「天竜」は普通の水晶コンプトよりやや小型でかつ葉が硬い。また不稔ではないが結実性はかなり低い。普通の水晶コンプトはかなりよく結実するので、この点でも大きな違いがある。「天竜」は電紋系でも随一の線の太さと鮮明さがあるので、これをコレクタ系の優良品種と交配したら素晴らしい品種が作出できるのではないかと期待している。
(4)雲紋系は窓に白雲のかかる品種群で、窓全体に白雲がかかって線模様の目立たないのが白窓系、明瞭な線模様と共に白雲のかかるのが白雲系である。したがって線紋系の品種の多くは白雲系でもあるが、ここでは特に白雲が大きい品種を例示してある。
H. sanekatae 「ロンバードスター」A 「ドリューホワイト」と「ホワイトウイドウ」の交配。
コレクタ「雪雲」 白雲が特に顕著な品種。
コレクタ「真珠雲」 「竜珠」交配なので非常に葉型が良い。
コレクタ「夜光雲」 もっとも白雲の顕著なコレクタ。(この個体はその後腐死してしまった)
コンプトコレクタ「清涼界」 明瞭な白雲の出るスコットコレクサ実生品種。