品種名の同定について   林 雅彦

 

「種」の同定でも同じですが、花の特徴は葉の特徴より変化しにくく、安定しています。

ハオルシアは非常に群落性が強く、非常に狭い地域(時には数m四方)に密生して生育します。群落と群落の間はおおむね数Km以上離れていて、群落以外の場所に生育する孤立個体は非常にまれです。このような状況ですと開花期が同じでないと受粉できませんから、同じ種(正確には同じ群落)ならほぼ一斉に花芽を上げ、開花します。

 

ただし種ができてから時間のたっていない若い種では、集団内の遺伝子が十分混じりあっていないために、個体によるばらつきが大きくなります。交配種などの品種でも同じです。

 

例えばスプレンデンスは非常に若い種で、かつ周辺の様々な種が交雑してできた種と考えられます。したがって非常に変異の幅が広く、開花期も他の種のように一斉ではなく、日本では5月末から8月までバラバラと咲き始めます。

 

しかし同じクローンなら、環境条件に多少差があってもほぼ同時に抽苔(花芽の上がること)しますから、花芽の上がるタイミングは非常に良い判定材料です。

また花茎の太さや色、同時に抽苔する花芽の本数なども良い判定材料です。花茎の太さは小苗の場合は別にして、一定の大きさ以上なら、株の大きさにかかわらず同じような太さの花茎を上げます。

 

例えば、ヤフオクで今春に単にハオルシアとして無名で売られた(韓国産らしい)非常に白いレツーサ系があり、おそらくピクタの白拍子ではないかと思い、数本購入しました。ところがこれらの株は6月に花芽を上げてきました。ピクタなら完全に花が終わっていますから、これはスプレンデンスです。


スプレンデンスやピクタなどの点紋系や、ピグマエアやベヌスタなどの突起や毛でおおわれた種は、コレクタやコンプトなど線紋系の種と比べると変異の幅が小さく、葉や株の状態だけでは品種名を判定するのは非常に困難です。

したがってこの時の白いレツーサでも、私は白拍子ではないかと思って購入したのですが、タージマハルではないかと思って購入された方もいるかもしれません。

 

このスプレンデンスはやや細い花茎を2本続けて上げます。タージマハルも同じタイミングで花を上げてきますが、タージマハルは大株になると最初の花が終わるころもう1本花茎を上げますが、同時に2本抽苔することはありません。またタージマハルの花茎の太さは明らかにこのスプレンデンスより太いです。したがってこの白いレツーサ系植物はタージマハルではありません。

 

他に同じころ花芽を上げて来たスプレンデンスとしてはナタリーがあり、これはやや細い花茎を2本続けて上げ、抽苔のタイミング、花茎の色と太さ、2本続けて抽苔する点で、上記韓国産(?)スプレンデンスと同じだと判断されます。つまり、このスプレンデンスの品種名はナタリーだということです。

 

さらにこの春、奈良オクで売られたホワイトグラスという(中国産)〝ピクタ“も全く同じタイミングで花芽を上げ、花茎の状態や2本続けて抽苔する点で、これもナタリーだと判断されます。ただしホワイトグラスというピクタは別にあるようで、この時奈良オクで売られた株は出品者が名前を間違えたもののようです。

 

このように、特にスプレンデンスやピクタ、ピグマエア、万象などの中小苗の無名や紛らわしい名前の苗はそれが本当は何という品種なのか、写真だけで判定するのは玄人でもほぼ不可能です。それらの中でもスプレンデンスには類似品種が多いので、シルバーキングやシルバークイーンなどの小苗ではまったく判別困難ですし、何か適当な(あまり良い品種ではない、あるいは選抜くずの)小苗をシルバーキングだと表示して売っても偽物だと判定するのは非常に困難です。

 

判定には複数株を購入し、類似の複数の他品種をやはり複数個体用意して同じ温室内で栽培し、特に花芽の状態や抽苔のタイミングを調べる必要があります。しかし比較対象とすべき他品種も含め、それぞれを複数本揃えるとなると、一般の趣味家にはかなり困難な作業でしょう。

 

この春に単にハオルシアとして売られた大量の上記培養苗は、それぞれ白拍子だろうとか、タージマハルだろうとか、関白だろうとか、買った人が独自の判断で購入したわけですが、それらの人がその後正しい名前を判断できるかと言えば、かなり難しいでしょう。

 

そうするとそれらの人がその苗を転売しようとしたり、繁殖品を売ろうとする際には、「購入時の名前です」としてごまかすしかなくなります。あるいは「白拍子だと思い、無名で買ったのですが、どうもスプレンデンスのようです。」と正直に書いて売ることになりますが、これでは購入希望者は相当少なくなってしまうでしょう。

 

また名前を付けて売られていても、出品者が間違えたり、あるいは入手時に間違った名前だったのを信じていたり、さらには意図的に名前をごまかして売ろうとする人もいます。

 

名前をごまかして売ろうとする人は、商品の説明を一切せず、「写真で判断してください」とか言って売主としての説明責任を逃げていますが、上記のように写真だけでは同定できない場合がたくさんあります。

名前をごまかして売ろうとするような人は商道徳やコンプライアンス(法令順守)意識が低い人ですから、その様な人の商品に信頼がおけないのは当然です。

 

しかしこの春に単にハオルシアとして無名で売られた大量のレツーサ系品種や、昨年秋以降、紛らわしい名前や有名品種を暗に想定させる名前で大量に販売されている苗はすでに相当量が趣味家市場に出回っています。そうするとそれらの苗は購入者からいずれネットオークションなどに出品されることが想定されますが、その時にどんな名前で売ればよいか、出品者は戸惑うことになります。

 

さらに購入希望者にとっても、その名前を誰が付けたのか、購入時の名前だとしたら、どこから購入したものなのかが重要になります。出品者だけではなく、出品者がその苗を購入した先の人(業者)の信用が問われることになります。原種の取引では採集番号や購入先を明記することが普及していますが、怪しい名前の苗がこれだけ出回ると、原種以外の苗の取引でも苗の名前の信用のために、苗の仕入れ先を明記する慣行が必要ではないかと思います。

 

なお、名前のごまかし方として、すでによく出回っている品種に育成者や著名栽培家の名前を付けて別名で売る人がいます。例えば「雪の里」に対して石井ピグマエア、「玄武」に対して〝海野グリーンなどです。

 

良く出回っている有名品種の価格は廉価ですが、苗自身は非常によいものです。そこでその名前を変えて売り出せば、出回っている廉価な有名品種とは別品種だと誤認して高値で買う人が出てきます。非常に姑息な商法ですし、不正競争防止法違反の疑いが高いです。

このような売り方をする人は、これらの名前が良く知られている品種と同一品種なのか質問しても、ごまかして売るのが目的ですからまともな返事をしません。

 

ハオルシアはサボテン・多肉植物の中でも最も人気が高く、かつ高価なので、専門の業者の中にも目先の利益優先で非常にモラルの低い人が相当いることには注意が必要です。そのような人はほとんどの場合、ごまかしの商品名を使って販売しているのですぐわかります。

 

もちろん真面目な業者もたくさんいますが、ネット上の売買でもその苗がどこから入手されたものかを明示するようになれば、出品者自身の信用だけでなく、入手先が真面目な業者かどうかでも苗の信用度を測ることができるようになります。無名販売の苗やごまかし名の苗を販売している業者、あるいはそのような業者から買った苗をそのまま販売するような人からは購入しない方が賢明です。


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左手前とその上=タージマハル。左奥=タージマハルより白くてダルマ葉の個体。
中列手前=白拍子と思って買った
無名苗。中列中央=ホワイトグラスという名で購入した苗。中列奥=ナタリー。
右列奥=スヌーピー(H. sanekatae)。右列中央=甃のうへ(石の上)。右列手前=スプレ系交配種。

タージマハルの花茎は1本で薄緑色。中列の3本は花茎を2本上げ、やや細くて褐色。すなわち3本ともナタリー。

右列は本文とは直接関係ないが、スヌーピーはムーミンの実生で、より大型。小苗の時から白い。
甃のうへは窓の透明感が強く、春には桜色となって非常にきれい。名前は三好達治の詩、「甃のうへ」から。
右手前の苗は白さ際立つ。