ピ-クアウト   記事と写真:林雅彦(一部写真は許可を得て転載)

 

「ピークアウト」はコロナ肺炎の感染拡大状況を表す用語としてよく使われていますが、「頂点を過ぎて頭打ちになる」といった意味です。和製英語のようですが、ニュアンス的になかなか便利な用語です。

育種でもピークアウトは重要な概念です。育種においても感染拡大と同じく、最初はなかなか育種が進展しませんが、一定の段階になると指数関数的に急激な進展が見られます。そしてさらに育種が進んでいくと既存品種より良いものが出現し難くなり、育種スピードはやがて頭打ちになります。つまりピークアウトを迎えます。

 

ハオルシアの場合、最も早く育種が始まった玉扇、万象はすでにピークアウトを迎えたと見られます。

玉扇では浮世系の写楽、荒磯、それに黒島模様の玄武や敦盛がピークと見られます。他に歌麿とか、北斎など、類似の優良品種が多数ありますが、その後は国内ではドングリの背比べ状態で、あまり特徴のある品種は出てきていません。しかし台湾では玄武や敦盛をさらに肉厚にした黒武泰などの優良品種が作出され、玉扇育種の世界的中心は台湾に移っています。

万象はドラゴンや白妙あたりが最初のピークで、その後もミレニアムや桃源郷など、特徴のある優良品種が多数作出されています。しかし最近の品種は優良ではあるが、やはりドングリの背比べ状態で、育種の進展という点では頭打ち状態です。

玉扇、万象は近縁種がほとんどなく、変異の幅が狭いので、いったんピークを迎えるとそれをブレークアウト (突き抜け) して画期的な品種を作出するのは非常に難しいです。

 

玉扇、万象の次に育種が進んでいるのはピクタで、これもグループによってはピークアウトしていると見られます。

例えば白系では白拍子など、真っ白な品種がありますが、白さと言う点ではこれ以上白くするのは難しいでしょう。鮮明な斑点のグループでは踊り子あたりが頂点で、これをもとにより丸葉で鮮明な斑点の個体が作出されていますが、海皇など、その多くはあまり大型になりません。黒斑点系では深海あたりがピークで、類似の優良個体がいくつも作出されていますが、地黒のグループなのでラベルなしで識別できるほど特徴のある品種は少ないです。

なお、ピクタに限らず培養や葉挿しで巨大化するもの(枝変わり。白妙⇒翡翠龍、玄武⇒玄武帝、ピンキー⇒良子など)が時々出現します。反対に矮化(小型化)や短葉化する枝変わりも出現し、蛙玉や深海の女王などがこれだと見られます。短葉化変異は葉がダルマ葉になるので人気がありますが、サイズは大きくなりません。

ピクタで比較的最近に品種改良されて来たのが太い黒線の入るグループで、この仲間はまだピークアウトしてないと見られます。

ピクタは非常に幅広い変異のある種群なので、他にも未開拓の、ピークアウトしていない多くの品種グループがあります。

 

ピークアウトの概念で特に注意が必要なのが、もうピークアウトしていると見られるのに、それを知らずに、中途半端な品種を高額で買ってしまうことです。そのグループの育種のピークが来ているのか、どのあたりがピークなのか、注意して見極めることは中途半端な品種を高値買いしてしまわないための重要な予防策です。

 

例えばスプレンデンスは今最も人気なグループですが、白系と赤系ではすでにピークが来ています。白系ではタージマハル(写真1)が有名で、実際非常に白いですが、プトラマハル(写真2)はさらに白く、これが白系スプレのピーク(最高峰)と見られます。他にもナタリーなど、かなり白い品種がありますが、購入の際はピークの品種と比べてその品種がどの程度のレベルなのか見極めが必要です。

タージマハル (2)
 写真1 タージマハル 完成株

 プトラマハル  $13230    (2)
 写真2 プトラマハル 大株

  赤系スプレはまだほとんど知られていませんが、ムーンガ(写真4)やガーネットスター(写真3)がピークです。これらに比べるとサムライOOなどは比較にならないと言っても過言ではありません。ピークの品種のレベルを知るということは非常に重要で、単に新しい品種というだけで高値の品種を買うのは要注意です。

ガーネットスター Garnet Star  (2)
 写真3 ガーネットスター 中苗

 ムーンガ moonga  (2)
 写真4 ムーンガ(Moonga) 中苗

 スプレンデンスもピクタと同じく、非常に幅広い変異があります。結節の大きなグループとか、黒線(赤線、緑線)の太いグループとか、グループごとにピークの品種があり、これらのいくつかはすでにピークアウトした、またはその直前だと見られます。スプレンデンスの優良品種はハオルシア研究誌に多数紹介されていますので、それらを参考にしてください。

 

玉扇、万象、ピクタ、スプレンデンスに次いで、最近人気なのがサネカタイです。ドリューホワイト(写真5=その1例)やホワイトウイドウを祖先として、ロンバードスター(写真6)やムーミン、スヌーピー(写真7)など、多くの傑作が作出されており、これらが初期のピーク品種です。
 
 写真5  Drew White MH 07-148-1 D=9
 写真5 ドリューホワイト(野生株) 径9cm

 写真6 Lombard Star  (2)
 写真6 ロンバードスターA 

 写真7 スヌーピー D=8 (2)
 写真7 スヌーピー(ムーミンの実生選抜)径8cm

 サネカタイは白雲遺伝子が非常に強く、それほど白くない個体を親としてもかなり白雲のある実生苗ができます。写真8(ドリームコンプト=ドリームウォークxコンプト).写真9(エーデルワイ寿)はその一例です。しかしサネカタイ種群はまだまだ育種のピークを迎えているとは見られません。今後より白く、模様も鮮明な優良品種が作出されてくることでしょう。

 写真8 ドリームコンプト D=11 (2)
 写真8 ドリームコンプト(ドリームウォークxコンプト)径11cm

 写真9 エーデルワイ寿 D=9 (2)
 写真9 エーデルワイ寿 径9cm
 

 

レツサ類(広義)は変異が非常に多様で、ピクタ、スプレンデンス以外の種あるいは種群ではほぼすべてのグループでピークアウトしていません。優良な形質の近縁種が多数あるので、サネカタイと同じく、今後より面白い優良品種が作出されてくるでしょう。

ここではその一例としてアトロフスカを取り上げて見ます。アトロフスカは暗くて透明な窓が特徴の、やや地味な種ですが、窓の透明感が非常に高いので、同じく透明窓のバデアと並んで人気が高いです。

アトロフスカはリバースデール郊外のSpitzkopという小さな丘がタイプ産地で、周囲は一面の小麦畑です。その中にポツンとある、耕作されていない丘の裾の草や小灌木の陰に隠れて小さな個体が多数生えています。写真10がその一例で、ほとんどの個体は栽培しても直径56cm程度にしかなりません。おそらくH. floribundaあたりから進化してきたものと思われます。

 写真10 アトロ 11-57  D=6 (2)
 写真10 アトロフスカ タイプ産地の標準的な個体 径6cm

しかし産地が同じかどうかわかりませんが、中にはより大型の個体があります。よく知られているのがISIのアトロフスカ(AT-1、ドドソンアドロ)ですが、そのほかにもルーカス(Lucas 写真11)やクラウス(Crous 写真12)など、大型で短葉の野生個体があります。

 写真11 アトロフスカ ルーカス D=10 (2)
 写真11 アトロフスカ 'ルーカス’ 径10cm

 写真12 アトロ クラウス (93-10-1)D=8.5 (2)
 写真12 アトロフスカ 'クラウス’ 径8.5cm

写真13はルーカスと夜想の森との交配実生と思われる、暗くて先端が丸い個体です。スプリングあたりと交配したら面白いものが出来そうです。

写真14はクラウスの実生で、より大型大窓になっています。暗い群青色の窓に淡い白点が入るのが特徴で、「群青の海に降る雪」(谷村新司「群青」)のイメージから「群青」と名付けられました。アトロフスカでこのような平坦な窓に淡い白点という特徴を持つ個体は初めてだろうと思います。近縁種のエニグマ(H. enigma)には時々このような淡い白点を持つ個体があるので、それと遺伝的なつながりがあるのでしょう。交配種のバルジ(ハオ研誌327ページ)はより鮮明な白点を持ちますが、隆起した結節はアトロフスカというイメージからはやや離れます。

 写真13 ルーカス実生 D=13 (3)

  写真13 ’ルーカス’x’夜想の森’ 径13cm

 写真14 群青 D=9  IMGP8206 (3)
 写真14 アトロフスカ '群青' 径9cm

先に書いたように、レツサ類は非常に多様な種があるので、それらを組み合わせて今後さらに面白い品種が作出される可能性は非常に高いです。ピクタやスプレンデンスの一部を除けばまだ全くピークアウトしていません。大いに挑戦してみてください。

一方で育種の進んだ玉扇、万象、それにピクタやスプレンデンスの一部グループでは、現在のピーク品種以上の優良品種を作出するのはかなり困難です。もっともそれだからこそ価値があると挑戦する方々の努力にも大いに期待したいところです。

 

レツサ類以外の種や種群について言うと、まずオブツーサ類は窓に模様や斑点がないので、変異の幅が小さく、既存品種と明瞭に識別できるような特徴を持った品種を作出するのはかなり困難です。いろいろな実生苗が作出・命名されていますが、ラベルなしで識別できるような優良品種はごくわずかです。特にレツサ類とオブツーサ類との交配は非常に多数試みられていますが、そのほとんどはオラソニーまがいで、全くこれと言った特徴がなく、大部分は失敗作です。

また多くの方が思っている『オブツーサ』はドドソン紫(OB1)など、丸頭無ノギの植物ですが、これは正しくはH. vista n.n. (紫オブト) です。H. vistaも広義のオブツーサ類の一つですが、本来のH. obtusaはやや尖った鈍頭葉で、明瞭なノギを持ちます。一般に誤ってクーペリーと呼ばれているものが本来のH. obtusaです。

正しい(本来の)H. cooperi (写真15)H. specksiiに近い、無鋸歯で長いノギを持った青緑色大窓の植物です。ハオルシア最美種の一つですが、ほとんど出回っていません。これはグループ的にはビッタタ類 (Vittata Gr. “H. blackbeardiana”の仲間。H. vittataH. blackbeardiana の正名)で、H. teneraH. cummingiiH. calaensisもこの仲間です。

 cooperi  05-10 (3)  D=11  E Whittlesea
 写真15 真正なクーペリー(H. cooperi) 径11cm  E Whittlesea
 

 

オブツーサ類(広義)にはH. vista(紫オブト系)や本来のH. obutusaH. venustaの他、H. gordonianaの仲間、H. indicaH. nubila、など、多くの種がありますが、ラベルがないと識別困難なものも多いです。

また一般にオブツーサ類に入れられていますが、H. leightoniiH. doldiiから進化した種でH. obtusaとは別系統の仲間です。ただしH. leightoniiは東進してH. obtusa系の植物と交雑し、H. sabitaH. rufousaとなってオブツーサ類に吸収されています。

一方、 オブツーサ類ではないがよく似ていて混同されるものに、H. joeyaeH. kagaensisがあります。両種とも丸頭でノギがないので紫オブト(H. vista)と混同されますが、H. joeyaeH. umbraticolaなどのシンビ系、H. kagaensisは同じくシンビ類のトランシエンス系です。つまりH. kagaensisは特大型で窓のやや小さいトランシエンスというわけです。ヤフオクなどで時々「グリーンオブツーサ」という名で売られています。また「新オブト錦」(新オブツーサ錦)H. obtusaH. vistaの斑入りではなく、H. kagaensisの斑入りです。

さらにH. davidiiH. indicaH. leightoniiから遺伝子浸透を受けた種と推定されます。

これら広義のオブツーサ類はまだ全く育種が進んでおらず、原種個体の選抜育種の段階に過ぎません。ピークアウトは全く先の話です。

 

オブツーサ類以外の軟質葉ハオルシア(Leptodermis群)もまだ全く育種が進んでいません。しかしこの仲間にはまだら系など全ハオルシア中最美と目される優良種や種群が多数存在していますので、それらの育種が進めば今よりさらに多彩で美しい園芸植物群が出現することでしょう。