スコット系コレクタ 林 雅彦
生物の形、色、紋様などは種によっておおむね一定しているが、中には個体ごとに大きな変異を持つグループもある。植物ではラン科、特にパフィオペデルム属やスタペリア属の花の個体変異は見事なものだが、葉の紋様の変異という点ではハオルシアが突出している。
中でも、玉扇、万象、コレクタは個体ごとに紋様が大きく異なるだけでなく、葉1枚ごとに紋様が異なるという、葉紋芸術の最高峰と言ってよい変異を持っている。そのためこの3種には昔から多くの愛好家が競って育種をし、世界的人気グループとなっている。
ハオルシアの人気の理由の一つは、葉に窓と言われる透明な部分があることで、ここに光が当たると、窓の表面の紋様や結節などと相まって、キラキラと宝石のように輝き、すばらしく美しい。ハオルシアの愛好家に女性が多い理由である。
しかしこの点では玉扇、万象は窓の透明感が低く、光が当たってキラキラと輝くということはない。玉扇、万象が女性にあまり人気のない理由である。一方、オブツーサ類には紋様や結節はないけれど、窓に光が当たるとキラキラ輝く点で、女性には大人気である。
そこでコレクタ類だが、窓の紋様が個体ごと、葉ごとに異なるうえに、窓の透明感はレツサ類中一番であり、夕日などが当たると極めて美しく見える。夜中に懐中電灯などの強い光で窓をのぞき込むと、その透明感に全く魅了されてしまう。つまりコレクタは葉の紋様の変化と、窓の透明感を併せ持った、ハオルシア中、現時点では唯一の存在なのである。
Y氏(故人)などはコレクタの名品(Yコレクサ)を手に入れて、誰にも繁殖品を渡さず、「俺が死んだら一緒に棺桶に入れてくれ。」と言ってその通りにしてしまった。さらにもう一人そうするのではないかと言われるT氏(Tコレクサ)もいる。そのような人がコレクタにだけ2人もいた(いる)ということはコレクタの魅力(魔力)を物語っている。
ただし育種の進歩はすごいもので、圧倒的髙品質と思われたYコレクサやTコレクサも現在の育種水準からすると、優良品種ではあるが、トップというほどのことはない。現在ではこれをはるかにしのぐ優良品種が多数作りだされている。どんなに優秀な品種でもだいたい10年もすればそれを超える品種が育成される、ということを育種家や収集家は認識する必要がある。
コレクタ類には、H. bayeri, H. laeta, H. hayashii, H. jadea, H. indigoa, H. truteriorumがあり、おそらく今後さらにもう2,3種は記載される可能性がある。ただし育種的には大型で成長の早いH. laeta、特にジュピター実生が中心で、これにH. bayeriが若干加わっている。
ところでコレクタ類には、スコットコレクサというものがあり、これが育種に大きく貢献している。スコットコレクサは由来不明だが、名前から推測するにおそらくC. L. Scott氏の収集品だと思われる。Scott氏は警官で、各地の警察署を転勤する都度、その地域のハオルシアを採集し、その集大成としてThe Genus Haworthia (1985)を出版している。
私が生前Scott氏に会ったところ、彼はUniondaleの丘(H. bayeriの有名な大産地)でH. comptonianaを採集したことがある、と言っていた。もちろんこの丘にH. comptonianaは現在全く生育していないが、この丘のH. bayeriには他の産地のH. bayeriとは少し違う点がある。それはこの丘のH. bayeriは葉の紋様の変異が非常に大きく、葉色もやや薄い個体があるという点である。
そこで私はこの丘でScott氏が採集したという“H. comptoniana”こそスコットコレクサではないかと推測している。スコットコレクサは葉色が黄緑色で、窓の線が少ないので、Scott氏はこれをH. comptonianaだと同定したのではないかと思われる。
H. bayeriの花粉は白黄色であるが、H. comptonianaの花粉はオレンジ黄色である。そしてスコットコレクサの花粉はちょうどその中間色である。葉色や葉の紋様もH. bayeriとH. comptonianaの中間と言える。つまりスコットコレクサはH. bayeriとH. comptonianaの種間雑種である可能性が非常に高いと思われる。
おそらく、昔この丘のH. bayeriの群落にH. comptonianaの種子が飛んできて生育し、周囲のH. bayeriと交雑して雑種個体が多数できたのであろう。それらは次第に圧倒的多数個体のH. bayeriに同化、吸収されていったが、ときにはH. comptonianaに近い形質の個体が生まれ、それがスコットコレクサではないかと推定される。
スコットコレクサ(写真①)はH. comptonianaの形質をかなり残してはいるが、全体としてはやはりコレクタに近い。しかしその紋様は全く独特で、折れ線でも網目でもなく、数少ない曲線が折れ曲がったように走る。そして葉1枚ごとにその紋様が大きく変化する。なおかつこれもコンプトの影響であろうが、非常に大型である。
①写真の株は径15㎝もあるがこれでまだ中苗で、完成すると葉幅4cm、鏡面のような厚いガラス質の窓が光る超美個体である。ただし完成株は最近全く見られず、その写真もない。(スコットコレクサの完成株の写真、または存在を御存じの方がいらっしゃったら、ぜひご一報ください。)
そのように数々の優良形質を持っているので、スコットコレクサはコレクタの育種に多く用いられ、曲がった折れ線模様のコレクサが多数作出されている。これらスコット模様のコレクタを総称してスコット系コレクタと呼んでいる。
写真1 スコットコレクサ 径15cm
模様の変化という点でスコット系を代表する優良個体が‵稲妻コレクサ‘(写真②)である。1枚の葉はそれほど大きくはないが、ガラスのように硬質な窓を持ち、そこに横1本線など、縦線の全くない線模様が入ったり、それら数少ない横線が曲がって連結したりと、全く見ていて飽きない変化をする。中には全く線の入らない葉もある。葉ごとの紋様の変異の最も大きなハオルシアと言える。
稲妻コレクサの横線をさらに強調した個体が流水コレクサ(写真③)で、窓がほとんど横線で埋まっているという変わった模様の個体である。径10㎝ 弱と決して小型ではないが、この仲間の個体としてはやや小さい。
反対に稲妻コレクサの縦線をより強調した個体が一閃(写真④)である。まさに雷光のような変化を見せる。ただしやや葉が細長く、小型に見える(実際は径13cmもある)。
一閃のように、濃緑色で艶窓の個体の多くはスコット系とコンプトとの交配でできたと推測される。それらの内で、最も普及しているのが清涼界(写真⑤)である。葉はそれほど大きくないが、株径は非常に大きくなる。「W スコット」の名で流通しているのはスコットコレクサではなく、本品種である。
清涼界に似ていてよく混同されるのがマジンガーZ(写真⑥)である。私自身も混同する場合があり、『多肉植物ハオルシア』(日東書院)65ページの“マジンガーZ”は正しくは清涼界である。マジンガーZは清涼界より短葉で、白雲もより集中して明瞭に出るが、ほとんど流通していない。
メーテル(写真⑦)はスコット系xコンプトの傑作で、大窓に非常に鮮明な曲線が多数入る。線がやや多いので紋様の変化は追いにくいが、窓の透明感が強いので非常に美しい。
雨だれ(写真⑧)はメーテルとは反対に非常に線の少ないスコット系で、ほとんどの葉で縦線は1本だけである。ただしこの縦線はクネクネとうねりながら横枝を出し、さらにところどころで太くなって島状になる。線が島状になる個体は玉扇とスプリングにごく少数あるが、他にはほとんど見らない。育種上、紋様の変異の幅を広げるためには極めて貴重だと言える。
雨だれのように中心線から横枝が出るパターンをより強化したのが水煙樹(写真⑨)である。この個体では多くの場合、窓中心に1本の太い中心線が立ち、そこから水煙模様のように多数の曲がりくねった横線が出る。また中心線の下半分は表皮が延長してきて褐色となり、アクセントとなっている。拡大写真(写真⑩)を見るとわかるように、葉1枚ごとに紋様の変化が楽しめ、現時点でスコット系の最高峰と思われる。