ハオルシアの軟葉系(Subgenus Haworthia)は表皮が厚くてザラザラしている租皮類(Supersection Asperidermis)、表皮が厚くてスムースな厚皮類(Supersection Pachydermis)、表皮が薄い薄皮類(Supersection Leptodermis)に分けられる。
租皮類はH. angustifoliaやH. chloracanthaの中間で、厚皮類、薄皮類両群の祖先である。玉扇、万象もこのグループであり、おそらくH. floribunndaから進化したと思われる。いずれも表皮は厚く、ザラザラしていて艶はない。
表皮が厚いままクチクラを発達させてより乾燥に耐えるよう進化したのが厚皮類で、レツサ系(Section Retusae)のほか、H. pallida、H. reticulataなどもこの仲間である。租皮類と比べてクチクラが発達している分だけ表皮がスムースで艶がある。ここで表皮というのは窓部分を除いた葉の表面で、葉の裏側を見るとよくわかる。なお、レツサ系はよくまとまった単系統群(一つの祖先から進化してきたグループ)と思われがちだが、実際には多くの祖先から進化してきた複数系統が絡み合ってできている複合群である。
さて薄皮類は表皮のクチクラをさらに発達させて水の蒸散を防いでいるので、表皮は前記2群よりずっと薄くなり、強い艶がある。ただし厚皮類と同じく、これも多くの祖先種からそれぞれ独立に進化してきたさまざまなグループの集合体である。
この仲間の主なグループには
マルミ類(Section Marumiana。H. nortieriの仲間など。祖先はH. marumiana)、
テネラ類(Section Tenera。H. cummingiiやH. vittataの仲間。祖先はH. tenera)、
セタタ類(Section Setatae。H. setataやH. decipiensの仲間。祖先はH. divergens)、
ボルス類(Section Bolusii。H. bolusiiやH. calitzensisの仲間。祖先はH. heroldia),
シンビ類(Section Cymbiformis。H. cymbiformiaの仲間。祖先はH. zantneriana)、
オブト類(Section Obtusatae。H. obtusaの仲間。祖先はH.Lapisなど)、
レイト類(Section Leightonii。H. leightoniiの仲間。祖先はH. doldii)、
などがある。なお、H. divergensはセタタ類のみならず、シンビ類やオブト類の遠い祖先にもなっている。またマルミ類、テネラ類、セタタ類、ボルス類の4類は鋸歯が発達しているので、合わせてレース系と呼ばれている。
ハオルシア属には硬葉系を合わせて全部で現在300種程度が記載されており、未記載種を含めると約500種程度が認識されている。種をどのように定義するかにもよるが、群落間の頻繁な遺伝子交換の有無(生物学的種概念)を基準にすれば、おそらくこの倍近くの種が存在すると推定できる。(例えばBayerのHaworthia Revisitedの29ページには広大なナマクワランドにH. arachnoidea v. namaquensisの産地が32ヵ所示されているが、これらは間違いなくそれぞれが別種であろう。)
それらの中でレース系は最大のグループで、おそらく属全体の種数の半分はレース系になり、その半分(つまり属全体の1/4)以上はセタタ類になるであろうと推測している。シンビ類やオブト類はこれらに比べるとはるかに小さなグループである。
グループ内の種数はおおむねそのグループの分布域の広さに比例し、分布域の広さはそのグループの発生した地史的時間の古さを表している。軟葉系の中ではレース系が最も広い分布域を持ち、大カルーはもちろん、ナマクアランドや東ケープ州の内陸深くまで分布している。レース系の4群は相当早い時期に進化して分布を広げたのであろう。
レツサ類は園芸的には人気の中心グループだが、大カルーや東ケープ州には分布しておらず、かなり若いグループである。ただし種分化の中心と見られるSwellendam周辺には未記載の新種が多数あり、またH. maraisiiなどは岩場ごとに異なった特徴の群落が生育しているので、整理すれば未記載種が100種近くあるかもしれない。ただそれでもレース系の1/4程度の種数にしかならないであろう。
そのようなわけで、レース系はハオルシア属全体を代表するグループで、非常に多様な変異を持っている。その変異の中にはとんでもなく美しい種や個体もあるのだが、それらは一般のハオルシア愛好家にはほとんど知られていない。その理由の一つはハオルシアマニアの多くがサボテン栽培から転向してきた方々なので、比較的強光線でうまく作れる玉扇、万象、レツサ系を中心に栽培しており、そのような環境ではレース系はまずうまく作れないということがある。玉扇、万象が形良く作れるような環境ではレース系は葉先が茶色に焼けてしまい、およそきれいとは言えない。きれいに作れなければその本当の美しさを知ることもなく、それを好きになることもない。
玉扇、万象をうまく作るにはおおむね10,000ルクス以上の光が必要だが、レース系は8,000ルクス以下、中には4,000ルクス程度が最もきれいに作れるという品種もある。シンビ類は玉扇、万象並みの強光線でないとすぐ徒長してしまう品種が多い。オブト類は例えばミルキークラウドなどはシンビ類並みの強光が必要だが、一般的には6,000~8,000ルクス程度が適当である。
また育種的観点からすると、玉扇、万象は改良の頂点と思われる品種が多数作出されており、今後これらを超える画期的な品種が生まれる可能性はかなり低い。いろいろな名前の新品種がヤフオクや交換会に出品されているが、ほとんどは大同小異である。ドングリの背比べのような2番煎じの品種に飛びつくことはない。
ピクサ(H. pictaの仲間。“picta”はラテン語なので園芸的呼称には使えない。)もほぼ改良のピークを過ぎ、白系(ピークは白拍子あたり)、斑紋系(ピークは踊り子あたり)とも実生はドングリの背比べ状態である。名前を付ければ売れる、素人が買ってくれる、ような時代は過ぎたと自覚した方がよい。ピクサは新しい名前のものだからと飛びつかずに、自分で実生して楽しむ時代になったと見ている。
スプレンデンスでも白系はタージマハルあたりがピークで、これを超えても結局大同小異にしかならない。ただ柴金城などとの交配により、白い窓に黒や赤の太い線が入る品種はまだ本当に良い品種は作られておらず、今後の改良目標であろう。そのような目標のためには柴金城の他、窓に太い線の入る金斗雲や火炎竜などとの交配が有望視される。
ピグマエアは白く目立つパピラ(乳頭突起)があるので最近でも人気は高いが、育種的にはまだまだ改良の余地が大きい。白さでは粉雪が一番だが、少々小型で葉型もやや葉先が尖る。雪の里はより大型(それでも小型の部類)で、葉先は粉雪より丸いが、白さでは粉雪に劣る。銀河鉄道は大型だが、パピラがやや薄く、粉雪などと交配しても白くて大型のものはほとんど出てこない。ただし白銀鉄道程度のものはかなり普通に出現する。大型で丸葉で、粉雪に匹敵するくらい白い、ものはまだ育成されていない。
これら玉扇・万象やレツサ系と比べ、レース系の育種はまだほとんど進んでおらず、選抜育種の段階である。選抜育種とは野生株から良い形質や特徴のある個体を選んで育種するもので、玉扇や万象もここから育種が始まっている。しかし玉扇・万象、レツサ系に比べ、レース系では選抜対象の野生株や実生苗が非常に少なく、輸入も最近はほとんどない。加えてレース系の育種に取り組む愛好家も非常に少ないので、育種はほとんど進んでいない。
さてここではレース系やそれに近い種の現在の育種状態とレベルをご紹介する。いずれもまだ育成途上で名前もないが、完成したら改めてご紹介する。
写真1はH. bell aの実生(白い妖精x青い妖精)で青い妖精並みに窓が大きいが、直径11cmもある大型単頭性である。白い妖精は大型単頭性なので、その実生にはかなりの割合でこのような大型単頭性個体ができる。雪の精(写真2)もその一つで、こちらは青い妖精に似た青肌の大窓個体である。
写真3はH. rooibergensisで、繊細な鋸歯の美しい種である。写真4はその実生で、さらに繊細な鋸歯を持つ。H. capillarisに似るが、鋸歯はより白く輝いている。
なお、鋸歯の少ない“H. rooibergensis”はH. crystallinaである。H. rooibergensisは軟質葉だが、H. crystallinaは葉が硬いので手で触ってみればすぐわかる。
H. rooibergensisはH. gordonianaからH. villosa、H. eriiなどを経て進化してきた系統で、鋸歯は多いがレース系ではなく、オブト類である。
一方、H. crystallinaは祖先がH. heroldiaのボルス類であり、硬くて透明感の強い青窓が特徴である。この系統はH. calitzensisからSwartbergを超えて大カルーに入り、H. semivivaやH. bolusiiに進化している。硬くて透明感の強い青窓が共通した特徴で、H. bolusiiなどの葉も触ってみればかなり硬いことがわかる。
写真5はH. villosaの実生で、葉全体が半透明で、そこにきれいな網目模様が全面に入る。マダガスカルの水草、レース草のような印象の特異個体である。H. ciliataの‘紫毛氈’(写真6)など、網目模様鮮明な品種と交配したらレース草並みに鮮明な網目模様の品種ができるかも知れない。H. villosa、特に葉裏に長い繊毛のある型はレース系型植物の中でもH. cummingiiと並ぶ美種だが、まだあまり出回っていない。
写真7はリビダ系の実生で、透明~半透明の大きな涙紋が葉全体に入り、非常に美しい。涙紋は一般に大きくならないと発達してこないので、この個体も大きくなるにつれ涙紋はさらに発達して多くなると期待される。
なお、リビダは最近比較的出回るようになったが、そのほとんどは小型のミラーボールといった感じの短葉密生型個体である。リビダのような斑紋を観賞する場合はカメオ(写真8)のように、葉が長く、かつあまり密集しない(バラけている)方がより美しく見える。ただしこのような型のリビダは非常に少ない。
ハオルシア研究発行遅延のお知らせ
ハオルシア研究34号の発行が遅れています。大変申し訳ありません。
一部のサボテン業者がハオルシア品種名の統一を妨げようとして、業界優先名などを使うよう呼び掛けている問題で裁判を準備中です。その裁判資料の整理に大幅に時間を取られており、ハオルシア研究の発行が遅れている次第です。
会員の皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、ハオルシア園芸の今後の発展のためにはこの裁判は避けて通れないと考えています。どうかもうしばらくお待ちくださるよう、お願いいたします。