生物芸術と葉芸園芸       林 雅彦

 窃盗事件多発を契機として、これまでほとんど世に知られていなかった「ハオルシア」が注目を浴び、テレビなどでもしばしば取り上げられるようになりました。しかしその多くは価格が非常に高いことや、儲かることなど、金銭的、利殖的観点が強調され、それら価格や人気の根源である美しさや芸術性にほとんど焦点があてられないのは残念です。

 ハオルシアの人気や魅力を語る上でその美的洗練性ないし芸術性は最大のポイントです。しかしこの点についてはこれまで踏み込んだ説明や他の文化や芸術との比較はされてきませんでした。そこでここではハオルシアやハオルシア園芸が他の文化や芸術の中でどこに位置づけられ、どのような特徴を持っているかを考察してみます。

Ⅰ)生物芸術とは

 さて生物芸術(Bio Art)とは私の造語で、おおむね次のように定義されます。
生物芸術とは(A)生物または生物の集合体上に(B)美的企図を(C)創作的かつ(D)芸術的に表現したもの。
(A)~(D)はその要件ですが、

(A)は生物芸術の対象で、生物(個体)または生物の集合体(庭園や生け花)です。
(B)はその対象を作成者(育成者)が美的企図(意図)で作り出すことを指します。
(C)は作り出されたものがコピーや模倣ではなく、独自に創出されることを指します。
(D)は作り出されたものが芸術性の高いものであることを指します。

(A)、(B)は説明不要でしょう。(C)でクローン繁殖品(ラメート)は全体で一つの作品と考えられ、その品種の個体(株)すべてが対象となります。ただし、交配や実生で作出された個体すべてが生物芸術というわけではなく、(D)それらのうち特に芸術性の高いものだけが生物芸術作品です。この点例えば生け花でも同様で、美的企図を持って活けたものなら誰が活けても創作物かつ著作物ですが、素人が下手に活けたものは生物芸術ではありません。

 生物芸術には表1のように大きく分けて4つの分野があります。(1)庭園芸術、(2)生け花芸術、(3)盆栽芸術、(4)生物斑紋芸術、です。(1)、(2)、(3)の芸術性については世界的に認められ、評価されていますが、(4)は錦鯉を除くと、それらが芸術作品であるとの認識はあまりされてきませんでした。

bioart1
 生物斑紋芸術も私の造語ですが、これは植物や動物の綺麗な色彩や斑紋を育種によって芸術的レベルまで改良したものです。

 植物では葉の色や紋様を改良する葉紋芸術(葉芸園芸)と花の色や紋様を改良する花紋芸術(花芸園芸)とがあります。葉紋芸術は葉の色(主に斑)や紋様の変化(芸)を改良して楽しむ園芸です。江戸時代に発達した古典園芸のオモトやイワヒバ、観音竹、東洋ランの一部、それに近年になって急速に改良が進んだハオルシアやサボテンの有星類、あるいはリトープスなどが代表です。ハオルシアはオモトなど、葉の紋様の変化を楽しむ古典園芸の現代的展開に他なりません。

 花紋芸術(花芸園芸)は花の色や形、紋様を改良して楽しむ園芸で、古典園芸では皐月やホトトギス、変化朝顔などがあります。最近ではランのパフィオペディルムやバンダなどが非常に発達してきています。また臭いのせいで改良は進んでいませんがスタペリアなどのガガイモ科植物の花も大きな可能性があります。
動物斑紋芸術では特に魚類で金魚や錦鯉で高度な改良がなされていますが、アロワナなどの熱帯魚も改良が進んでいます。尾長鳥やオウム、インコなどの観賞用鳥類もかなり改良されています。犬や猫は極めて育種の進んだ動物ですが、必ずしも観賞用というわけではない点で動物斑紋芸術の範疇に入るかどうか疑問があります。その他に、カメ、トカゲなどの爬虫類も今後改良が進んでいく可能性があります。


Ⅱ)芸のレベル

 ところで植物斑紋芸術の場合、一般の花きやカラジューム等、葉に斑紋のある植物もこれに入るのかという疑問があります。しかし葉や花に綺麗な色や斑紋があるように改良された植物はすべて生物芸術かと言うと、そうではありません。これを説明するには芸のレベルという概念が必要です。
表2は葉芸を対象とした芸のレベルですが、花芸でもほぼ同じことが言えます。

bioart2

 まず、『芸』とはかなり日本的な概念ですが、おおざっぱに言って「変化」のことです。葉芸のレベルには0から4まであります。
レベル0は葉芸をしないもの、つまりその種(分類学的種)の葉には斑紋や結節、あるいは綺麗な色などはとりたててない、ありふれた形態の葉を持つ種です。ハオルシアの場合、ほとんどの原種はこのレベルです。
レベル1は種レベルで芸をするもの、つまりその種の葉には様々な斑紋や窓、結節等がありますが、各個体はほぼ同一の紋様や結節等を持つものです。ピグマエアやラドラなど葉に突起や結節を持つものの大部分、紫オブトを含むほとんどのオブト類、ほぼすべてのレース系がこれです。種としてはきれいですが、各個体間にはほとんど変化がありません。

 vista '紫オブト'
 芸レベル1 H. vista ’紫オブト’
 綺麗な紫色に染まるが、各個体間の差はほとんどない。

 pectispina ’千歯山’
 芸レベル1 H. pectispina ’千歯山’
 レース系は一般に個体間の変異がほとんどないが、これは特に鋸歯が白く長く、櫛の歯のように揃う。

 レベル2は個体レベルで芸をするもので、同一種でも各個体間に大きな差があり、差異が顕著で美麗な個体は品種として命名されます。ピクサやスプレンデンス、コンプト、多くの交配種、それにレース系のジュベルティとアメジスタがこれに入ります。ただしこれらの種の個体すべてがレベル2ということではなく、レベル2の個体が多い種であるという意味です。反対にレベル1の種でも例えばピグマエアの粉雪のような優良個体が多くなれば、ピグマエアはレベル2の種に移行することになります。

 splendens 'タージマハル’
 芸レベル2 H. splendens 'タージマハル’(Taj Mahal)
 H. splendensは個体ごとに特徴が顕著に異なる。これは真っ白な結節が融合して磁器のよう。

 splendens  ’金襴’
 芸レベル2 H. splendens  ’金襴’
 H. splendensは個体ごとに特徴が顕著に異なる。これは特に結節が厚い超優良品種。

 レベル3は葉レベルで芸をするもので、同一個体でも葉1枚ごとに紋様や色が異なるものです。種全体がこのような芸をするものは玉扇、万象、コレクサの3種だけで、ハオルシアでは昔からこの3種が最高峰といわれてきたのはこのためです。この3種では新しい葉が出るたびに異なった紋様が出現するので、栽培していて飽きが来ません。特にスコット系コレクサは葉ごとの線紋様の変化が大きく、葉紋の変化という点では最高のものです。
 レベル3のハオルシアには他に葉紋の変化の大きな交配種、例えば柴金城や酒呑童子、天使の涙などがあり、またほとんどの斑入り品種はこのレベルになります。一方コレクサでも特網コレクサなどは葉ごとの変化がほとんどなく、レベル2となります。
 レベル3の芸をするものは斑入り品種を除くとハオルシア以外ではほとんどありません。花芸園芸では花ごとに紋様が異なるのがレベル3ですが、源氏系のツバキや一部の皐月を除き、やはりほとんどないようです。

芸レベル3.’稲妻コレクサ’
 芸レベル3 ’稲妻コレクサ’
 スコット系コレクサの一つで、全ハオルシア中、葉ごとの紋様の変化が最も大きな品種。

芸レベル3.玉扇 ’玄武’
 芸レベル3 玉扇 ’玄武’
 時価200万円 玉扇は葉1枚ごとに紋様がかなり顕著に異なる。

芸レベル3.万象 '白妙'
 芸レベル3 万象 '白妙'
 万象も葉1枚ごとに紋様がかなり異なる。’白妙’は線模様が明瞭なものの中では最も白い。 

 レベル4は時間帯レベルで芸をするもので、1日の内でも夕方や夜の照明下など、特定の時間帯に紋様の表情が大きく異なるものです。これは葉先や窓が透明なハオルシアだけに見られる芸(変化)で、したがって他の植物には見られない、ハオルシアだけの芸です。ただしレベル4はレベル3より芸のレベルが上というわけではありません。レベルではなく、芸の種類が違うと考えてください。
 レベル4の代表がまだら系で、昼間は目立ちませんが夕日の中では素晴らしくきれいに見えます。オブト類も同様ですが、窓に紋様がないのでまだら系ほど細かな芸はありません。夜間の照明下で最も美しく見えるのは透明窓のコレクサで、透明感が非常に増して魅力的に見えます。これに魅入られ、秘蔵のコレクサを「一緒に棺桶に入れてくれ」と言って実際その通りにしてしまった人が日本人で2人もいます。

 最も美しく見える時間帯から、玉扇、万象、ピクサ、スプレンデンスなどは昼のハオルシア、まだら系やオブト類は夕方のハオルシア、コレクサは夜のハオルシアといえます。

 livida ’カメオ’
 芸レベル4 H. livida ’カメオ’ 
 まだら系は夕方斜めに差し込む光の中で見ると宝石のように輝いて見えるので、女性に大人気。

 nortieri '残照'
 芸レベル4 H. nortieri '残照'
  <夕日の中のハオルシア> 赤い線模様のまだら系は、夕日の中では燃え上がるように美しい。

 laeta '夜間飛行’
 芸レベル4 H. laeta '夜間飛行’
 透明窓のコレクサは夜間の照明下では透明感が増して非常に美しく見える。


 さて初めの問題に戻ると、葉芸でも花芸でも、レベル0と1の植物は生物芸術とは言えず、一般花きや一般観葉植物の扱いでよいと考えます。レベル2以上のものの中で、つまり個体品種の中で、さらに特に美的に優れたものだけが生物芸術と言えると見ています。おおむね品種名がつけられた優良個体の内でも品評会で入賞できる程度の、かなり限定された優良個体だけが生物芸術作品と言えるでしょう。
 したがって表1に例示された生物斑紋芸術の生物グループでも、表2のレベル2以上の芸をするものだけが葉芸植物や花芸植物です。それらの中でも特に優良な個体(品種)の多い種やグループ、属などが生物斑紋芸術と呼ばれるわけです。

 これは錦鯉などでも同じで、育成された錦鯉すべてが生物芸術というわけではなく、コンクールで入賞するような優良個体だけが生物芸術作品です。しかしそのような優良個体が数多く育成されると、錦鯉という分野全体が生物芸術と見なされるわけです。
 庭園、生け花、盆栽の分野でも同じです。これら分野の作品すべてが生物芸術というわけではなく、その中でも特に優れたものだけが生物芸術です。そしてそのような優れた作品が多く作出されているので、分野全体が生物芸術と評価されます。


Ⅲ)生物芸術と日本文化

 表1に見るように、生物芸術には日本庭園や生け花、盆栽、金魚や錦鯉といった非常に日本的な、または伝統的な文化が数多く含まれています。ハオルシアも日本の伝統的葉芸園芸の現代的展開に他なりませんし、花芸園芸の最高峰と思われるパフィオペディルムの育種でも日本人育種家が大活躍しています。さらに近年急速に育種が進んでいるアロワナでも育種の中心は日本人だということです。

 これは日本人が非常に優れた、繊細な美的感性を持っているからであり、日本文化の底流にそのような美的感性が強く流れているからです。この繊細な美的感性こそ園芸や生物芸術だけでなく、日本画やアニメ、漫画、コンピューターゲームなどの美術部門から、歌舞伎や能、落語などの芸能部門、さらには和食などの食文化をも根底から支えています。 

この繊細な美的感性は世界的に見ても非常に優れたものであり、それゆえこれらの文化あるいは文化的産物が世界中から高く評価されていることはご存知の通りです。そして生物芸術もこの繊細な美的感性が最も強く発揮された部門の一つです。すなわち生物芸術は日本を代表する、世界に誇る文化であり、クールジャパンの一つです。
 
生物芸術の中にあって、ハオルシアは疑いなく、葉芸園芸の最高峰で、しかも比肩しうるものがないほど突出して優れています。これはハオルシアの葉の表面の変異(窓、紋様、斑紋、結節や突起、繊毛、鋸歯など)が全植物中、他に比肩するものがないほど多彩、多様であることによります。特に葉先が透明な窓になる植物はオフタルモを覗くと他は皆無で、生物斑紋芸術としてはこの点だけでも特筆に値します。したがってハオルシアは今後も葉芸園芸の最高峰として君臨し続けることでしょう。

 ハオルシア人気は今や東アジアだけでなく、タイやインドネシア、ベトナムなどの東南アジア、さらにはEUやオーストラリア、USAなどの欧米諸国にも広がり、今後も急拡大しそうな情勢です。このことは生け花、盆栽、錦鯉などに続き、日本発の新たな生物芸術が世界的に認められつつある証左だと見ています。

 また葉芸は花芸よりずっと繊細です。この点、葉芸園芸は日本人の繊細な美的感性が最も強く発揮される分野で、高い国際競争力を持っています。日本ハオルシア協会としても日本発の新たな生物芸術としてのハオルシア園芸を国際的に広めていくために、さらなる優良品種の育成、発掘、普及に力を入れていく予定です。