名古屋議定書とは生物多様性条約(CBD193カ国参加)の一部をなす国際条約で、遺伝資源の利用とそこから生じる利益の公平な配分(ABS)に関する規定です。20141012日に発効しました。日本は採択時の議長国ですが、国内法の調整が未了のため、まだ批准していません。来年中には批准する予定ということです。

その主な内容は次の通りです。

 

① 遺伝資源とは『現実のまたは潜在的な価値を有する遺伝素材』で、遺伝素材とは『遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材』(CBD)。

② 従って農業、園芸、畜産の品種も遺伝資源である。

③ 遺伝資源を管理する権限は原産国または提供国にある。

④ 遺伝資源を利用する場合は、その原産国、提供国の法令に従って利用しなければならない。(利用者の国の法令ではなく、提供者の国の法令が優先する。)

⑤ 遺伝資源の利用者は利用に当たり、その原産国、提供国、または提供者の承諾を得なければならない(品種登録が無い場合でも)。

⑥ 遺伝資源の利用者は利用に当たり、その原産国、提供国、または提供者に利益を公平に分配しなければならない(品種登録が無い場合でも)。

⑦ 条約の締結国は④,⑤、⑥が守られるよう、違反者に対する罰則などの適切な制度(法令)を整備しなければならない。

⑧ 条約の対象とする遺伝資源は条約発効後に取得したものに限り、条約発効以前に取得、利用されたものへの遡及的適用はしない。

 

名古屋議定書は主に低開発国にある微生物などの遺伝資源を先進国企業が医薬品開発などに利用する場合に、その利益を遺伝資源の原産国、提供国、または提供者に公平に配分することを定めたものですが、注意すべきことは『遺伝資源』には園芸や農業の栽培品種も入ると言う点(上記②)です。

したがって今後は育成者に断りなくその品種を勝手に組織培養し、利益を上げることは原則的にできなくなります⑤。培養に限らず、繁殖して販売する場合にはすべて育成者と利益配分に関する事前の協定を結ぶことが必要になります⑥。育成者は利益配分の権利を得るために品種登録をする必要もありません。

また名古屋議定書は遺伝資源の国外での利用に対しても強制力があります⑦から、優良品種を国外に持ち出して大量繁殖するなどの脱法行為もできなくなります。品種登録では各国毎に登録する必要がありましたが、名古屋議定書では登録などは一切必要ありません。

ただし上記⑧にありますように、条約発効以前に流通、利用された品種は適用対象外です。日本はまだ名古屋議定書を批准していませんから、それまでは要注意です。

 

ただし日本で農業、園芸、畜産等の品種のどの範囲までを名古屋議定書の対象とするかは関係省庁間でまだ調整中です。製薬業界や、食品業界、Bio産業界、研究機関など、遺伝資源をもっぱら利用する立場の業界では農業、園芸、畜産の品種が名古屋議定書の対象になると自由な利用が出来なくなるとして、なるべき規制の少ない方向で名古屋議定書の対象を定めようと言う意見が強いです。

また『市場で一般に流通する農産物や種苗(コモデティ)は名古屋議定書の保護対象外』にすべきと言う意見も有力です。この場合、例えば観賞用に売られているある新品種を買ってきて趣味で栽培するのは名古屋議定書の対象外ですが、これを組織培養して販売するのは目的外利用として規制していく必要があります。

 

日本の農業、園芸、果樹、畜産などにおける育種レベルは世界最高水準のものが多数あります。しかし各国毎に登録しないと育成者権が保護されないと言う現況制度の欠陥を突いて、コシヒカリやイチゴなど多くの日本の優良品種が海外で大量栽培され、利益を上げているのに、全く文句が言えないのがこれまでの状態でした。ハオルシアでも国外の海賊培養業者やそれを利用した国内業者などが育成者を無視して利益を上げているのが現状です。名古屋議定書でこれら品種の育成者権が適正に保護されるようになればこれらの不法ないし脱法的商売は根絶されます。

 

このように、名古屋議定書は日本の農業、園芸関係者、特に育種家にとっては極めて重大な問題ですが、その重要性はほとんど認識されていません。また、政府内でも遺伝資源をもっぱら利用する立場の業界の意見に重心が偏っており、国内措置法の検討委員会でも農業、園芸関係者はわずかに(株)タキイのみです。したがってすでに流通している品種はともかく、これから市場に出てくる新品種は名古屋議定書の対象として確実に保護されるよう、遺伝資源の提供者としての立場からの意見も大いに表明し、国内法の内容をしっかり注視していく必要があります。

 

 国内法の検討委員会の検討作業は終わって報告書も出ていますが、名古屋議定書で保護対象とする範囲などの詳細はまだ決まっていません。農水省でもこれらの詳細を詰めているところのようですが、これに関する農水省主催の地方勉強会が次のように開催されますので、関心のある方は参加されて質問や意見表明などをされることをお勧めします。またお知り合いの園芸、農業関係者に名古屋議定書の重要性をぜひともお伝えしてください。


また、これに関連して農林水産省による「遺伝資源へのアクセスと利益分配問題を根底から理解するための地方勉強会」が開催されます。次のエントリーで詳細をUPします。